心配事を減らすためのツールという側面の保険について

   2016/12/19 

この世界入って大体10年位なんですけど、初めの頃からもうずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと、保険の必要性や合理性、実際には何を提供しているのか、ということを永遠と考え続けてきた。

やはり、人によって、捉え方や好みが違うし、代々経験してきていることも違うので、人それぞれ色々な反応といいますか、要は、保険好きな感じの人もいれば、そうでもない人も色々です。

やっぱりですね、人間って結果論のとこかなりありますから、親とかが早死している人とか、大きな事故に巻き込まれちゃっているような人にとっては、「かなり重要、必要」とか「ありがたい」って認識なんですよ。

対して、特に世話になったことがほぼ無いようなひとは、ほとんど実感といいますか、必要性すらやや微妙なボヤーーーっとした感じで取り敢えず、一応みたいなかんじで入っている人すらいる。

なもんで、そういう人は本当に最小限な感じ。自動車保険なんかだと、間違っても、車両保険(自分の修理代が出るやつ)とかも入ろうという発想はない感じ。結局確率だ何だと言ってみても、実際に体験していなければ、半信半疑になりがちなのである。

なので、「取り敢えず入っとく」の人もいれば、取り敢えず「入らない」の人も多い少ないの割合は別にして、いるものです。

 

それでまあ、それはそれなのですが、保険にしても住居の持ち家か賃貸かみたいな話にしても、必ずぐらい、合理性の観点のみだけで、かなり片寄った感じで、語る人っている。けど、一体それってどうなんだろうみたいに考えていた。もちろん、人それぞれなので、色々な前提があっていいけど、状況次第であっというまにそんな前提は崩れてしまうことも。

なので、最終的には、どのみち、どういう選択をしようとも、メリットもデメリットも必ず両方あるわけだから、

「好み」

なんだよなぁ、と。

 

で、保険。

そもそもこれに合理性を求めること自体が間違っているのではないか?という気さえしてきた。

仕組みとしては、料金を支払うと、事故があった時に保険金が出る、という誠にシンプルな性質のもの。あと、自動車保険などの賠償事故に対する示談交渉とか、損害評価とかは、保険本来のものではないので、少し切り離して考える必要があるが。

そして、良く確率的にはかなり低いので、◯◯保険には入る意味は無い、みたいな論がでてくることがある。が、それを言うなら基本全ての保険でそうなってしまう。保険は保険会社の儲けが乗っている損な賭け、なわけだから。

正に、ギャンブルをやる際の予想というか、どれに掛けるか的な感覚なのだが、最終的には、その人次第。

つまり、飛行機でも船でも確率は低いが事故るときは事故る。なので、低いと言っても何%なら「よし」とするかは、その人次第なのである。

なので、飛行機だって、落ちるかもしれないから嫌なものは嫌だと、乗らない人は少なからずいるだろう。あと、車で大怪我している人は、前には絶対に乗らないという人もいる。

なので、結局そういうことなんですよ。だから、比較的数字とか、論理で判断をする、できる、人もいるが、経験やイメージが判断に与える影響というのは人間にとってとても大きいのだ。

なんだかんだと言っても、嫌なものは嫌なわけだから。好きなモノは好きだし。

 

あと、このタイトルにも書いたが、心配なものは心配なわけです。体調とか性格にもよるけど。

そしたら、例えば、もしも、もしも僅かな確率でも、不幸にもそうなったら……、嫌だなぁとか、言う場合の、心配事を減らすためのツール(サービス)としては有効なんだよね。

あと、そのぐらいの値段なら、入っとくかとか、いろいろリスクについて検討するのも面倒なので、入っておくかとかね。

というか、保険についての対談みたいな本とか、記事とかみると、一見論理的なんだけど、全部が全部そうでもなくて、一貫性がないような、非論理的なコメントも出てくるもの。

もちろん、ちゃんと事情を理解していない人もいるけど、数字に強いようなよく理解しているような人でも、僅かな可能性でも嫌なのでと、生命保険にしっかり入っている人もいる。それも多めにね。

 

まあなので、結局のところ保険というのは、保険料を払うことによる→保険金(保障・補償)という本来の仕組みだけではなく、心配事を減らす、解決する、という意味での意味合いがかなり強いと思った次第。そういう意味では、天気予報は晴れだけど、取り敢えず傘を持って行くとか、そういうのとも似ている。

以上考えると、基本的には好きな様に利用すれば良いのだけど、多くの場合、合理性よりも、どれだけ安心度が高まるのかどれだけ心配事を減らすことに役立つのか、という観点から語ったほうが、相手の価値観に合っているケースが多いような気がする。

そんな合理主義者みたいな人ばかりじゃないからね。むしろ、そこまで徹底できる、あるいは、したいと思う様な人の方が少数派だと思う。そんなに頭いい人ばかりじゃないし。人間は感情の生き物なので、そんな合理性ばかり考えてても楽しくならないし。楽しそうかどうかで考えたほうが楽しくなるんだよね。

まあ、自分なんかでも、使いたいものは色々あるので、どうしても予算の関係がでてくるから、ある程度合理的には考えることはするけど、予算関係なければ、合理性とか全く考えないだろうな……完全に楽しそうかどうかだけ。コスパとかどうでもいいわけだからね。それこそ、今の1万円が1円とか10円ぐらいの感じだったらもう、それはそれは……。

なので、もちろん、高額になる可能性のあるリスクは、保険の利用価値が高いが、中位のものでも、入る意味ってある人はそれなりにいるのだと。人によってどこまで考えたいかも違うわけだから。例えば、高額療養費制度があると言っても、対象外の治療法を選択したくなる可能性だって無くはないわけだし……。

該当する可能性は低いと言っても、ゼロじゃなければ、準備をしておきたいという人はいるもの。なので、他人が、勝手に他人の価値観でその人の答えを決めることはできない。

逆に、自分のようにそもそも別に長生きしたいと思っていない人間にとってはアレだし。

というわけで、人それぞれの好みによって大分検討するための前提が変わるということです。そして、保険は実はお金よりも、精神的なものを提供している面が強い、と。つまり、

ストーリー

なんですよね。ストーリー代。

自分なんかも考えてみると、例えば、子供など家族が他人に損害を与えたときのための賠償保険(個人賠償)に入っているけど、安心だから入っているわけだからね。少しでも神経質にならなくて済むように。

もしも◯◯でも安心

、という風に。そういう意味ではJAFとかもそうだな。あれなんて入っていなくて莫大な金が必要になるようなものじゃないからな基本。ある種の拠り所的なものでもあるのか……。

個人賠償とか、たかだか、年間千円とか2千円の保険料で無制限に補償するようなもの、確率で言えば、高額になる可能性などホントゼロに等しいはず。しかも、家族全員対象だし、そこに、保険会社の儲けものっていることを考えれば。

余程運が悪くなければ、そんな高額の事故とかありえない……。通常は。あくまで「通常は」というのがポイントだけど笑 取り敢えず入って安心をしておくというのも一つだが、そんなゼロぐらいの確率なら、なったらなったで運が悪かったと諦める、というのも一つなんだよな。かなり極端ではあるが……。賠償保険なので、示談交渉とか便利ではあるが、損な賭けなら、積み立てて、そこから弁護士費用でも何でも支出した方が理論上は長期的には得になる可能性が高いだろう。弁護士の人件費と保険会社の人件費等がどうかは置いといても。

なので、自動車保険なんかだと、親の指導とか、免許取り立ての時に多くの人が経験する、事故により、必要と感じる面は強いだろう。火災保険は、ローン組むと銀行から入ってと言われるから。一度入れば、無いと不安になるので、なかなか手放せ無いのが人間の習性。

そういう意味では、例えば家族がガンで酷い目に合っていれば、ガン保険に入っとくかとなるよね。やっぱり、これだけのマーケットがあることを考えれば、そうそう意味のないものなら、そんななるわけないんだよね。全く不要とか言っている人って、そもそも独身だったりするし。そしたら、そりゃあね……。

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